地震で学校体育館などへ避難できても、床に寝た後、自力で立ち上がれなければトイレや食事へ動けません。
私は身体障害があり、つかまる場所がない床から直接立つのは困難です。一方、健側の手で安定した物をつかめれば立ち上がれます。
では、避難所に椅子や簡易ベッドがあれば解決するのでしょうか。
自宅のフローリングで家族に見守ってもらい、床、座面高38cmの椅子、約45cmのシャワーチェア、床から約30cmの自宅ベッドを各1回試しました。
結果は単純な「高いほど楽」ではありませんでした。38cmの動かない椅子では2分で立てました。45cmのシャワーチェアでは1分でしたが、壁から離して置くと本人から離れる方向へ約3cm滑り、少し怖さがありました。丈夫な壁につけて置き直すと、同じ1分でも移動は0cmでした。約30cmの自宅ベッドでは、つかまる物がなくても苦労しながら2分で立てました。
今回分かったのは「避難所には椅子があればよい」ではなく、本人が立てた高さ、つかむ手、支持物の滑り、置き方、動作空間まで平時に確認して伝える必要があることです。
これは実際の避難所を再現した試験ではありません。自宅で行った一条件1回の短時間確認です。
30秒で分かる実測結果
| 条件 | 床・寝床から立つまで | 支持物の動き | 本人の感覚 |
|---|---|---|---|
| 支持物なしの床 | 立位までは無理 | ― | 座位・四つん這いまでは移行できる |
| 座面高38cmの椅子 | 2分 | 0cm | 怖さなし |
| 約45cmのシャワーチェア・壁から離す | 1分 | 約3cm | 少し怖い |
| 約45cmのシャワーチェア・丈夫な壁につける | 1分 | 0cm | 怖さなし |
| 床から約30cmの自宅ベッド | 2分 | ベッドの移動なし | つかまらず、苦労すれば可能 |
すべて家族が見守り、身体には触れませんでした。転倒はなく、試験後の痛み、疲労、脚の動かしにくさもありませんでした。
ただし、床に横になったのは1分だけです。一晩の睡眠、余震、疲労、負傷、混雑した体育館は試していません。
解決したい問題は「避難所へ行けるか」だけではなかった
避難行動を考える時、家から避難所までの移動に目が向きます。しかし、身体を動かしにくい人には、その後にも問題があります。
- 避難所へ到着する
- 床や低い寝床へ降りる
- 横になって休む
- 再び起きてトイレ、食事、受付へ動く
私の場合、床へ降りる動作はできました。立位から、しゃがむ、四つん這い、座る、横になる、の順です。怖さはありませんでした。
しかし、この順番を逆にすれば立てるわけではありません。横になった状態から座り、四つん這いになるところまではできても、支持物なしで立位へ戻ることはできませんでした。
つまり、問題は「床で休めるか」ではなく、「床へ降りた後、生活動作へ戻れるか」です。
東日本大震災後の避難所で暮らした高齢者9人への面接研究では、寝具のない雑魚寝や、身動きしにくい生活が記録されています。研究の考察では、足腰が不自由な人が床から起き上がれず、ADLが悪化した事例が相次いだことも報告されています。
内閣府が掲載する避難生活の事例集にも、「床からの立ち上がり時に不安定で、バランスを崩しやすい」という課題があり、簡易ベッド、椅子や丈夫な箱、介助を得るサポートチームが対応例として挙げられています。
この問題は、寝心地だけではありません。床から起きられないと、トイレへ行くたびに人を呼ぶ、長時間同じ姿勢で過ごす、水分を控える、といった別の問題につながります。
仮説1:キャスターのない椅子なら支持物にできる
最初に使ったのは、自宅の軽い椅子です。キャスターはなく、普段のフローリング上では動きません。
試験条件
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 実測日 | 2026年7月27日。時刻は未記録 |
| 場所 | 自宅のフローリング |
| 動作空間 | 約2m×2m |
| 床の敷物 | なし |
| 椅子の座面高 | 38cm |
| つかんだ場所 | 座面 |
| 使った手 | 健側の片手 |
| 立会人 | 家族。見守りのみ |
| 試行回数 | 1回 |
仰向けから座り、四つん這いになり、腕を伸ばして座面をつかみました。健側の片手で座面へ荷重し、立位まで2分でした。
椅子は滑らず、傾かず、移動は0cmでした。家族の身体介助はなく、本人の怖さもありませんでした。
この1回では使えました。ただし、「キャスターなしなら動かない」という意味ではありません。椅子の重さ、脚の形、ゴムの状態、床材、荷重方向が変われば滑る可能性があります。

仮説2:座面が高い方が、より安定して立てる
次に、浴室で使っているシャワーチェアを試しました。背もたれと肘掛けがあり、座面高は約45cmです。
座面が38cmの椅子より高いため、立ち上がりやすく、支持物としても安定すると予想しました。
結果は半分だけ当たりでした。
床から立つまでの時間は1分に短縮しました。しかし、座面へ荷重すると、シャワーチェアが本人から離れる方向へ約3cm滑りました。転倒せず立てたものの、「少し怖い」と感じました。
高さだけを見れば、38cmより45cmの方が短時間でした。しかし、支持物が離れていくなら、時間が短いことを安全とは評価できません。
この失敗で、新しい課題が分かりました。
- 座面高
- つかむ位置
- 支持物の滑り
- 荷重する方向
- 支持物の後ろに、動きを止める物があるか
必要なのは「高い椅子」ではなく、「本人が荷重しても逃げない支持条件」でした。
なお、シャワーチェアを避難所用の支持具として勧める記事ではありません。本来の使用場所・用途とは異なる自宅試験です。
仮説3:椅子を丈夫な壁につければ、滑りを止められる
同じシャワーチェアの背を、丈夫な壁につけて置き直しました。
同じ床、同じ約2m×2mの空間、同じ健側片手で座面をつかみ、もう一度だけ立ち上がりました。
床から立位まで1分。今度は椅子の移動が0cmで、怖さもありませんでした。家族の身体介助もありません。
この1回では、壁が椅子の移動を止めました。内閣府掲載の避難生活事例集にも、段ボールベッドから落ちる不安がある人について、ベッドを壁へ寄せるなど配置を工夫した例があります。
ただし、どの壁でもよいわけではありません。弱い間仕切り、幅木との隙間、滑る床、椅子の脚、斜め方向の荷重によっては、壁際でも動いたり傾いたりします。壁へ置けば安全だと証明した試験ではありません。

仮説4:約30cmの寝床なら、支持物なしでも立てる
避難所では、床ではなく段ボールベッドが用意されることがあります。では、どれくらいの高さがあれば立てるのでしょうか。
段ボールベッドは自宅になかったため、床からマットレス上面まで約30cmの普段のベッドで測りました。
最初に、端へ座った状態から支持物なしで立ちました。所要時間は2分でした。
次に、普段どおり横になった状態から座り、支持物なしで立つところまで続けて測りました。こちらも2分でした。
どちらも家族の身体介助はなく、怖さはありません。ただし本人の感覚は「苦労すればできる」です。
約30cmは、今回の自宅ベッドで立てた高さです。同じ30cmでも、段ボールベッドの端が沈む、マットがずれる、床が滑る、ベッド全体が動く場合は同じ結果になりません。段ボールベッドで立てることを確認した実測ではありません。
東京大学先端研が紹介する震災後3県の調査では、ベッド不足による床からの立ち上がり負担が問題となり、調査対象の約7割が震災後の必需品にベッドを挙げました。開発した簡易ベッドでは、車椅子との高さ調整、手すり、椅子も検討されています。
ここからも、必要なのは「ベッドという名前」ではなく、高さと支持条件の組み合わせだと分かります。
避難所での判断:パイプ椅子があれば解決するのか
学校体育館なら、学校備品のパイプ椅子がある可能性はあります。自治体の避難所運営資料には、要配慮者へパイプ椅子を使う例もあります。
しかし、全国すべての指定避難所に、必要な数があり、発災直後から自由に使えるという保証は確認できませんでした。
内閣府は、避難所開設当初からパーティションや段ボールベッド等の簡易ベッドを迅速に設置するよう自治体へ通知しています。現在の避難所運営指針や事例集も公開されています。一方、実際の備蓄量、搬入時期、優先順位、要配慮者スペースの運用は避難所ごとに異なります。
さらに、パイプ椅子があっても、今回の椅子と同じ結果にはなりません。
- 座面高が違う
- 座面のどこをつかめるか違う
- 折りたたみ部分に手を挟む可能性がある
- 横や後ろへ倒れる可能性がある
- 体育館の床で滑る可能性がある
- 2m×2mほどの動作空間を確保できないことがある
「椅子はありますか」だけでなく、「床から立つために使える、動かない椅子を壁際へ置けますか」まで確認する必要があります。
避難所へ伝える言葉を、障害名から動作条件へ変える
「身体障害があります」だけでは、必要な配置は伝わりません。
今回の結果なら、避難所の受付や運営者へ次のように伝えられます。
床から直接は立てません。自宅では、床から約30cmの安定した寝床なら苦労して立てました。椅子を使う場合は、健側の手で座面をつかみます。椅子が本人から離れる方向へ滑らないよう、丈夫な壁際に置き、周囲に動作できる空間を確保してください。
これは要求を通すための決まり文句ではありません。本人の実測条件を短く共有する例です。
一般避難所で必要な環境を作れない場合は、要配慮者スペースや福祉避難所への移行について相談します。ただし、福祉避難所が必ず発災直後から開き、誰でも直接入れるとは限りません。指定避難所、自治体の防災・福祉窓口、個別避難計画の担当へ平時に確認します。
厚生労働省も、避難所等で生活する障害児者と家族への支援では、障害特性に応じた特段の配慮が必要だと案内しています。

わが家で平時に確認する10項目
単に「椅子あり・ベッドあり」と数えるのではなく、本人の動作条件と避難所側の提供条件を照合します。
- 床へ安全に降りられるか
- 床から座位、四つん這いまで自力で移行できるか
- 支持物なしで立てるか、どこから先に支持が必要か
- 立てた寝床の最低高さを測ったか
- 健側・患側のどちらで、どの位置をつかむか
- 椅子へ荷重した時、本人から離れる方向へ滑らないか
- 壁際へ置いた時、傾きや手挟みの危険がないか
- 動作に必要な床面積を確保できるか
- 指定避難所に簡易ベッド、椅子、要配慮者スペースがあり、誰へ申し出るか
- 一般避難所で対応できない時、福祉避難所等へ移る相談手順があるか
自宅で試す場合も、一人で床へ降りてはいけません。転倒や起き上がれない危険がある人は再現せず、家族、理学療法士・作業療法士など普段の身体状況を知る専門職へ相談してください。
今回分からなかったこと
今回の結果は、私の身体、自宅の床、手元にある椅子とベッドで各1回測ったものです。
- 実際の学校体育館の床で同じ動作ができるか
- パイプ椅子が滑る、傾く、折りたたまれる可能性
- 段ボールベッドの高さ、硬さ、端部で立てるか
- 床で一晩過ごした後も同じ時間で立てるか
- 余震、暗さ、寒さ、暑さ、混雑、履物の影響
- 避難までに疲労した状態、負傷した状態で立てるか
- 2回目以降も同じ結果になるか
- 家族がいない時に第三者の見守りや介助を得られるか
- 指定避難所の備品数、使用開始時期、優先順位
- 一般避難所から福祉避難所へ移る具体的な時間と手順
特に、1分横になって痛くなかったことから、「床で眠れる」とは判断できません。長時間の床生活の快適性や健康影響は今回の実測対象外です。
よくある質問
座面が高い椅子ほど立ちやすいですか?
今回、45cmのシャワーチェアでは38cmの椅子より1分短く立てました。しかし、壁から離すと約3cm滑り、少し怖さがありました。高さだけでなく、滑り、傾き、つかむ位置、荷重方向を一緒に確認する必要があります。
キャスターがなければ、椅子は支持物にできますか?
断定できません。今回の38cm椅子は動きませんでしたが、キャスターなしのシャワーチェアは約3cm動きました。床材や椅子の脚で結果が変わります。
壁際に置けば安全ですか?
今回のシャワーチェアは、丈夫な壁につけると移動が0cmになりました。ただし、弱い壁、幅木との隙間、斜め荷重、滑る床では同じ結果にならない可能性があります。壁際配置は一つの確認条件であり、安全保証ではありません。
段ボールベッドなら床から立てない人も立てますか?
今回、段ボールベッドは試していません。約30cmの自宅ベッドでは2分で立てましたが、硬さ、端部、手すり、滑りが異なるため一般化できません。避難所では実物を見て、必要なら椅子や壁際配置、介助も相談します。
避難所にはパイプ椅子がありますか?
学校備品としてある可能性はありますが、必要数や利用可否は避難所ごとに異なります。平時に指定避難所へ、簡易ベッド、椅子、要配慮者スペース、申し出先を確認します。
家族が介助すれば、床でもよいのではありませんか?
災害時に家族が常にそばにいるとは限らず、介助する側も疲労・負傷する可能性があります。また、床から人を持ち上げる動作は介助者にも危険があります。本人ができる条件、見守りでできる条件、身体介助が必要な条件を分けておきます。
まとめ
避難所で床に寝られるかを考える時、寝具の有無だけを見ていました。しかし、身体障害のある私にとって先に確認すべきだったのは、横になった後に生活動作へ戻れるかでした。
支持物なしの床から立つことはできませんでした。座面高38cmの動かない椅子なら、健側片手で座面をつかみ、2分で立てました。約45cmのシャワーチェアでは1分でしたが、壁から離すと約3cm滑りました。丈夫な壁につけると、同じ1分で移動は0cmになりました。床から約30cmの自宅ベッドでは、つかまらず、苦労しながら2分で立てました。
ここから作れる備えは、「椅子を持っていく」ことではありません。
- 本人が立てた寝床高を測る
- どちらの手で、どこをつかむか決める
- 支持物の滑りと荷重方向を見る
- 壁際配置と動作空間を確認する
- 避難所へ具体的な動作条件を伝える
- 対応できない時の要配慮者スペース・福祉避難所への相談手順を確認する
避難所へ行けるか。その次に、避難所で起きて動けるか。二つを分けて準備する必要があります。
参考にした情報
- 内閣府「避難所の生活環境対策」
- 内閣府掲載・JVOAD避難生活改善に関する専門委員会「避難生活あるある事例集(抜粋)」
- 日本公衆衛生看護学会誌「東日本大震災により津波被害を受けた高齢者の避難所での体験」
- 東京大学先端科学技術研究センター「組み立て簡単な段ボールベッドを開発」
- 厚生労働省「避難所等で生活する障害者への配慮事項等について」
- 内閣府「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」
この記事の確認範囲
身体障害のある本人が、家族の見守りのもと、自宅のフローリングと普段のベッドで行った一条件1回の確認です。家族の身体介助はありませんでした。
実際の避難所、地震、余震、混雑、長時間の床生活は再現していません。パイプ椅子と段ボールベッドも試していません。本人の身体条件、床材、椅子、ベッド、疲労や負傷の状態が変われば結果も変わります。この記事は、床からの立ち上がり訓練や特定製品の安全性を保証するものではありません。

